ブログを書き始めて半年が経とうとしているのですが、
自分の過去の記事を読むというのは実に恥ずかしい一方で、
当時の自分を振り返る、とっておきの手段でもあります。

以前も書きましたとおり、自分の記事の発信過程は

2~3週間前に一度記事をWindowsのメモ帳書いてみる(制限時間10分)
↓
1週間後、その記事を読む
↓
おかしな部分を修正する(制限時間5分)
↓
発信3~5日前にさらに読み、修正する(制限時間5分)
↓
発信前日に必要があれば加筆する
↓
ブログにメモ帳の内容をコピー&ペーストする
↓
発信

という方法で、制限時間制と数度のチェックによる加筆・修正を
行っています。それでも誤字・脱字も目立つなぁと
チェック機能の怠惰の是非を問われるのですが、
そのようにして発信した過去記事はもちろん当時の思想、考えを
述べたものです。その後の他人のアドバイスや本とのめぐりあい
により、若干の思想の変更もあります。
そして、今も思想が揺れ動いているテーマのひとつに

「本は買うか?借りるか?」(参考記事)

があります。当時の結論は以下のようにまとめました。

バクチと思って割り切って。
まずは慎重に図書館から。アタリを感じれば本屋にて。


僕の本に対する姿勢は、とにかくぐちゃぐちゃにすることです。
線引きと書き込みを多用するタイプのために、借りる本にはそれが
できないという理由から、できるだけニュース....ん? 失礼、

できるだけ購入するようにしています。本をぐちゃぐちゃにする 
ことで、心の中への当該本への響きは絶大だからです。
ぐちゃぐちゃにできない他者の所有物、つまり図書館での借り物においては、
心への響き方が購入した本ほどありません。
また、後日ふとひらめきがあった時、そのきっかけが本である場合、
手元にそれがあればすぐにページをめくることができる一方、
借り物ではわざわざ足を運ばなければならないし、あるいは面倒くさくなり、
せっかくのひらめきを放棄してしまうかもしれません。

一方で、本はバクチ的要素が強く働き、読んでみたら、ただの紙クズだった
というリスクも背負います。その屈辱を多く味わった方は当然ながら、
購入することをムダに感じ、近くに良質な図書館等が存在すれば、
負担のかからない方法を選択するのは自然の流れです。


少し、別の角度から見る意味で、話を数字やデータに変えましょう。
自ブログの1月20日の記事において、

お父さんが自由に使えるお金は月平均1950円 (日刊ゲンダイ編集長によるデータ)

として、使えるお金の限界について述べました。その範囲内で1冊1600円ぐらいする単行本
を購入するのは残念なことにあまりにも「無謀」です。

総務省の調査によると、1人当たりの書籍の年間支出は
1965年 2535円
1970年 6307円
1979年 14206円
1980年 13689円
1990円 10987円
1995年 10995円
2000年 11042円
2002年 10762円

です。物価の影響もあり、65年~79年にかけては急増しています。

また、
全国大学生活協同組合連合会による学生対象の調査では1ヶ月の書籍費の平均は
1970年 2400円
1975年 4060円
1980年 5350円
1990年 3990円
1995年 3640円
2000年 2910円
2003年 2560円

です。全支出のうち、書籍費の占める割合は2003年は2.1%です。 
1975年は8%ありました。物価や景気に左右されたとしても、2.1%の数字は
深刻です。ちなみに2000年以降は特に携帯電話の占める割合が目立ちます。

以上の数字に加え、
70~80年代には「借りて読む読書行動」が定着しました。 
公共図書館の影響はおおいに関係があるものと思われます。
実際、図書館の貸出冊数は年々増加しています。

そのため、世間で言われる「読書離れ」は、あくまでも購入金額に照らし合わせたもの
であり、図書館の普及や学校による読書普及運動も考慮に入れると、
高校生、大学生、社会人以外(この3つを省くのはいささか問題がありますが)
ではまだまだ捨てたものではありません。



僕は当初、買うことの重要性を勝手に押し付けた記事を発信する傾向がありましたいが、
特に今年に入り、
図書館の利用を促しはじめたことを我ながら注目しています。
その最たる記事が1月24日の
「大学図書館を使おう。」
です。ただし、この記事には学生達のあまりにも読書に対する侮蔑とそれを裏付ける閑散とした大学図書館
の有り様を逆手にとって、
「市民が大学図書を制圧してしまえ!!」
という皮肉を込めております。ただし、自由に使えるお父さんのお金が1950円だという前述の
内容により、買えないという経済事情を受けての記事でもあります。

さて、ここまでは自分の記事を参考にダラダラと書き殴ったのですが、
3月あたりから友人や、さまざまなブログへお邪魔していくうちに、

「本を買ってしまうと逆に読まなくなってしまう。」
 
という意見に遭遇しました。友人に対してはさらにツッコんだところ、 

「手元にあることでいつでも読める安心感が出てしまい、ついつい後回しになってしまう。
 一方で、借りたものは返すという強迫観念が逆にノルマとなり、読む行為へ走らせる。」

というお答えでした。
僕は、自分のケツは自分ですぐにふく方針なため、買ったら即効読む方でしたが、
上記の回答にも大筋で納得できるものでした。特に
「安心」 
という言葉に注目しました。

僕の「安心」は、本をぐちゃぐちゃにできる「安心」です。
友人の「安心」は、いつでも好きな時に読める「安心」です。

同じ「安心」でも、人によってさまざまな捉え方があり、
本に関してはこの「安心」があったのかといういまさらながらの発見に
 
「一安心」。

しかし、「心の響き」を大切にしたい僕は、できるだけ購入したいのであります。
ただし、安いに超したことはありません。
もちろん新刊・古本書店の種類は問いません。

そのような「心の響き」を常に求めるのが
極楽な管理人takam16であるのでした。