米ニューズウィーク誌5月9日付け記事に

「キューバの米軍グアンダモ基地」でイスラム教の聖典
 コーランを尋問官がトイレに流した。」

という内容にアフガニスタンで暴動が起き、死傷者を出す
惨事がありました。
この基地に収容されているのはアフガニスタンの旧タリバン兵
というのが理由でした。

その騒動以来、takam16は新聞、TVで流れる情報を
メモし、自作の「最近のアフガンの出来事」と題した表を
作成して、動向を見守っているのですが、

じゃあなぜこの管理人はそのような小見出し扱いの他国の話
にご熱心なのだと人は言います。

4月に大宅壮一ノンフィクション賞の2作品が発表されたその1作
高木 徹著 「大仏破壊」

が、ある種の好奇心を生み出したと言っても過言ではありません。

一般的にアフガニスタン関連の報道は、ほとんどが悲観的な内容ばかりです。
最たるものが、9.11のニューヨークのあの出来事とそれにともなう
アメリカのアフガン侵攻です。
しかし、それ以外にも流れてくる情報の悪いこと悪いこと。

・1979年には旧ソ連による軍事介入
・旧ソ連共産主義勢力を掃討すべく、戦った「聖戦」
・冷戦後の1990年代前半の近隣諸国を後ろ盾にした民族間同士の
  国内内戦
・大麻の原料である国内ケシ栽培に対する国際的批判

最近では前述の「ニューズウィーク誌への暴動」や、
米民間企業に雇われたアフガン人が旧タリバン残党に銃撃され、
またはNGO団体のイタリア人女性の拉致騒動

とまあ悪いことだらけ。
そして、高木 徹著 「大仏破壊」
も胃を痛くするタイトル。

本書の焦点は、字義どおり、バーミヤンにある歴史のある2体の仏像破壊
がなぜ行われたか、その経緯を明らかにしています。
しかしながら、本書でいう大事件である「大仏破壊」に至るまでには、
必ず小さな事件や出来事が潜んでいます。
どのような世界においても歴史的事件には

小小小小小小小小
小小小小小小小小   → 大事件
小小小小小小小小

というパターンがあります。ここでこの出来事がなければ、あるいはもし
あのように対応していれば大事件は起きなかったのにという歴史のif
が多々存在するのがお決まりなのですが、

「大仏破壊」も漏れなくこのパターンです。
その発端を、世間を騒がしたタリバンの誕生から検証し、
著者は、この大仏破壊、あるいは大仏保守に関わったあらゆる人物の証言を
基に初心者にもわかりやすいようにその経緯を順に進めていきます。

大仏破壊については、世界各国、そしてイスラム教国からも、やめてくれと
懇願したと当時の新聞記事にはあります。なのに、タリバンは大仏を
破壊することを決断しました。その最大の理由は、

2つの「無知」です。

タリバンの最高権力者はムハンマド・オマルと言います。本来ならリーダーが
ビシッとしてもらわないと困るのですが、このリーダー、まさに「無知」
といわざるを得ないことが本書から伝わってきます。
その「無知」たる原因は、彼がタリバン生誕の地、アフガン南部のカンダハール
から一歩も外に出たことがないらしい。こうなると、外部の動きがわからず、
視野がどんどん狭くなっていきます。その中で厳粛なイスラムの教えを頑なに
守り、かつ世の中のことを知ろうとしない人物
が頂点にいるのがタリバンという組織でした。

もうひとつの「無知」は、国際社会です。冷戦時代のソ連のアフガニスタン侵攻
は、少なくとも西側諸国には注目の的でした。それが、ソ連の崩壊により
西側諸国はアフガニスタンへの興味を失したのです。
アフガニスタンはその後、バーミヤン大仏破壊まで世間の忘却の彼方に
追いやられます。


そこに目をつけたのが、あのオサマ・ビンラディンのアルカイダです。
オサマ・ビンラディンは、オマルとは対照的。

このサウジアラビア出身のアラブ人の父親は、サウジ王室お抱えの建築業者として
巨額の富を築いたそうです。このように資力に恵まれ、抜群の計画力、先見性、
国際情勢を熟知し、知性もある、そして人身掌握術においても長けている......

このキレ者中のキレ者が、「無知」の極みであるタリバン最高権力者に近づき、
思いのまま操ることに成功するのです。

1996年、タリバンは生誕地のカンダハールから内戦状態のアフガニスタン
全土を救うことを目的に首都カブールを奪還するのですが、
ここで、将来のタリバンの滅亡のきっかけと著者が語る、

「勧善懲悪省」

なる善をすすめ、悪を懲らしめる意味の組織を作ります。
この「勧善懲悪省」が諸外国の非難の的になります。
ここでいう善は、イスラム教への忠誠です。そして悪は
イスラムの教えに背く行為です。
とはいっても、宗教的なルールというよりは、タリバン独自の
ルールという言い方が適切です。例えば

・音楽テープの所持禁止
・カーステレオから音楽を流すことの禁止
・テレビも禁止「悪魔の箱」、ラジオのみ。コーランの朗読と
  ニュースに限定。かつての旧日本軍を髣髴させる
・路上で夫婦同士の会話禁止。
・凧揚げの禁止(アフガンの人々のお気に入り)
・手品禁止、手品師は職業を変えよ。
・当時の若者にはやった「タイタニックカット」(レオ様カット)の禁止
・半ズボン禁止。
・「男子がヒゲを剃ることを禁止」。ヒゲが薄い人はその証明書が必要。

とまあ、おかしな禁止令ですが、これ以上に
女性の権利という権利を奪うルールに諸外国の女性達が大激怒。
国際社会からにらまれるようになります。

前述のビンラディンがオマルをうまく懐柔し始めたのが1999~2000年
頃です。また、世界各国からビンラディンのもとに、東国パキスタン
を通じてアラブ人が流入し、軍事キャンプの設置や訓練を頻繁に行うように
なります。カネもどんどん入ってきたそうです。


天才 →(接近)→ 無知
   →(思想)→ 
   →(カネ)→



こういった動きに国際社会は鈍感でした。新聞と照らし合わせても、
アフガニスタンの記事はほぼ隅に追いやられています。この頃の大見出しは
日本の不況の話ばかりです。

ビンラディンの仕業によるアメリカ関連建造物や船舶の爆破はもちろん
話題にはなりましたが、この頃にはすでにアフガニスタン内部は
アルカイダの思想にむしばまれていたのです。
「勧善懲悪省」という取り締まりが任務の組織はアルカイダの思想注入に
はまさに青天の霹靂でした。
その他の組織も人事の入れ替えにアラブ人の息のかかった連中が
送り込まれます。
徐々にアルカイダに飲み込まれるようになったタリバン。

そして大仏破壊にももちろん、裏でアルカイダが糸を引いたようです。
それがわかる証に、「爆発物」の存在があります。
当然爆弾を使用せねば、巨大な仏像は破壊できません。どうやらタリバン
には爆弾を扱う技術を持っていなかったようです。

この大仏破壊を阻止すべく、そして歴史的仏像を守ろうと諸外国が必死に
タリバンに接触を試みます。その様子は本書に述べられていますが、
最高権力者のオマルがこの頃には完全に石頭どころか、凝固してしまい、
妥協を許さなくなってしまいます。

これが「無知」の恐ろしいところです。外部との接触をほとんど
行わないと、自分の判断が正しいか、間違っているのかがわからなくなり
ます。天才ビンラディンの術中にまんまとはめられたのがタリバンでした。


本書はこの大仏破壊を、大事件として取り上げる一方で、
別の大事件の一部であると位置づけます。
それが「9.11ニューヨークテロ」です。
2体の仏像破壊、そしてツインタワー。
9.11のあの出来事のいわば実行予告とも言え、予行練習とも言える
バーミヤンの大仏破壊。
この2つの事件を線で捉えた本書、そして
歴史は小さな出来事の集積であるを改めて思い起こさせてくれた1冊、
そして、すっかり忘れていたアフガニスタンという国をふと
思い出させてくれるには大変都合のよい
大宅壮一ノンフィクション賞受賞作でありました。

が、いろいろ奥の深いこの地。
もう少し、調べる余地がありそうです。
次回(もう少し先)は他の書やブログを交えながら、述べたいと思います。

著者: 高木 徹
タイトル: 大仏破壊 バーミアン遺跡はなぜ破壊されたか
 
コミックセット2