takam16の本の棚
です。バーチャルですが......


  うん、村田だ!


さて地理の話である。

別にすべてを知る必要などないのだが、例えば

香川県の県庁所在地はどこか?
宮城県の県庁所在地はどこか?
石川県の県庁所在地はどこか?

答えは順に、高松、仙台、金沢である。
知らなければ生きていけないことはないが、知って損を
することもない話である。

では海外に目を向けよう。
アメリカの首都はどこか?
オーストラリアの首都はどこか?
ブラジルの首都はどこか?

間違えやすい部類の問題である。
順にニューヨーク、シドニー、リオデジャネイロと答えるだろうか?
または、ロサンゼルス、メルボルン、サンパウロとも答えるだろうか?

正しくは、
ワシントン、キャンベラ、ブラジリアである。

ではこれも難題だ。トルコの首都は次のどれか?
1、カッパドキア
2、イスタンブール
3、アンカラ

もしも選挙のように多数決で答えが決まるのであれば、
正解はイスタンブールである。
しかし、多数派には申し訳ないのだが、アンカラがトルコの首都である。

イスタンブールが多数決で選ばれるにはそれ相応の理由があろう。 
日本からトルコへ出発する直行便はすべてイスタンブール行きだ。
歴史的にも申し分のない重みがある。
人口は800万人を超え、ボスポラス海峡とその橋を境に西側はヨーロッパの街並み、
東側はアジアの香りを漂わせるのは、古くからヨーロッパとアジアの架け橋的存在
として交易の接点として繁栄したことに関係する。
ローマ帝国、ビサンチン、セルジュク=トルコ、オスマン=トルコ、その後
西洋の影響を受けながら今のトルコ共和国が樹立する1923年まではずっと
都として絶大なる存在感を示してきたのだ。傍目には日本でいう京都のような位置づけ
にも見えるが、その歴史は大きく異なる。

その最大の違いの1つは、人種・民族が入り混じっていることだ。正確には
「入り混じっていた」と過去形に直した方がよいかもしれない。
すると、その人種、民族、文化、宗教が交差した時代背景を描く作家がいてもよさ
そうなものだ。数週間前、図書館で「ナの作家」の棚をひたすら探す自分がいた。

梨木さんだ。梨木香歩さんだ。
本来なら2ケタの作品が棚に並んでいておかしくない。ところがその箇所だけ
棚がスカスカしている。本屋なら「うへぇ。」と嬉しい嘆きも開いた棚を埋めなきゃ
お偉方にお叱りを受ける。とにもかくにも人気の高さが伺える。

その中で、残されたただ1冊の書。それが

「村田エフェンディ滞土録」。

舞台は100年以上前の1899年まで遡る。
主人公は私こと「村田」だが、これは架空の人物である。「村田」にした理由は
トルコの佐藤、鈴木版のような存在、MURATの苗字を使ったらしい。
ここでなぜ日本人がイスタンブールにということだが、トルコから日本にやってきた
公的な船が和歌山県沖で遭難した時にその船の乗組員を日本人が助けたことにトルコ
の皇帝が感銘を受け、それがきっかけで始まった文化交流として「村田」が
イスタンブールに在住することになる。ちなみに仕事は考古学者としての発掘作業だ。
彼の住まいはいわゆる共同生活であり、

貴族の出であるディクソン夫人(イギリス人、キリスト教)...彼女が家を任されている
私こと村田(日本人)
オットー(ドイツ人、キリスト教)
ディミトリス(ギリシャ人、ギリシャ正教)
ムハンマド(トルコ人、イスラム教)

と生まれも育ちも思想も違う彼らが家であるいは外で東西交流の十字路イスタンブール同様、
東西交流をしながら精神の十字路を構築していく物語であり、私こと村田の言葉を
借りれば、

私のスタンブール
 私の青春の日々
  これは私の芯なる物語

なのである。
異国の地でこれまた異国の者同士で交わされる文化や習慣の違い、それを認め合う姿勢や
理解しあえない内面。
読み進めるうちにそれはどこかジクソーパズルのピースを試行錯誤しながら埋めていく
ような心地にさせる。イライラもあるが、同時に快感も味わえる。

ところが、この物語のクライマックスは涙も誘う結果となる。
これは1899年の当時のオスマン=トルコの都イスタンブールの話である。
あと数十年すれば、第一次世界大戦という惨劇が待ち構えているのだ。
そんな歴史の悲劇をもちろん露とも知らず、彼らはこうした文化交流を通じて理解しあう
のである。
百科事典や歴史書で第一次世界大戦がどの国とどの国との戦争だったかを調べてもらいたい。
それは直接的にも間接的にもである。
それから先述の5名の祖国を今一度見てもらいたい。
わかっていただけるであろうか。


著者の梨木香歩さんは、「小説すばる2004年7月号」にて、本書について
簡潔に語っている。

「執筆当時から今に続く世界情勢の急激な変化で、それに焦点を合わせたものを
書きたい、という切迫した欲求が次第に強くなってきて、それは、ただ異なった
宗教、世界観を持った人々が送る日常を、淡々と描写していくだけ、という当初
の方向性とは、全く逆のものでした。別々の舞台で、とも思いましたが、その
両方が、あの「スタンブール」の地と、同じ登場人物を必要としていました。
けれど二つの方向性を共存させてゆく、というのは到底不可能に思えました。
すでに愛着の沸いていた登場人物たちが、苦しい運命を辿るのを描写するのは
とてもつらいことでしたし。
最終的に、そのどちらも捨てずに一つの小説として成立させる、と思い切るのですが、
結果的には、この間に起こったこと全てが、この作品には必要だったのだと、やはり
何か私を超えた力が働いてくれたのだとしか思えません」
(485ページ)

著者は当時、小説の連載は不可能と考えていたが、自分との葛藤、そして編集者の
アドバイス等もあり、連作短編 → 長編 へと向かう形での連載となった。
ちなみに「本の旅人」が初出である。
よって、1話ごとで完結したストーリーでありかつ、つながりもある。


さてこの物語、ほかにもポイントが2つある。
・別に登場する鸚鵡(オウム)の存在
・前作「家守綺譚」
機会があればチェックしていただきたい。
梨木 香歩
家守綺譚
本の世界というものは、手当たり次第読んでいくと全く異なったジャンルから ある接点が生まれることがよくある。 ブログの世界でも趣味も思想も違うはずのものが何かのはずみでつながること がある。 イスタンブールはその地のみならず、あらゆる場に存在するのではないか、 そう思わせる梨木作品でありました。
梨木 香歩
村田エフェンディ滞土録
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