takam16の本の棚
です。バーチャルですが......

これまたせっかちなことで....

この前、JR大阪駅で数分後にやってくる快速電車を待つべくホームの
指定の停止位置より50センチ横にずれるような形でかつ、体の向きが
斜めになった状態で電車を待っていた。
すると、明らかに関東地方より出張帰りかと思わせるポマード1本使っちゃ
いました風の「すかん中年男」がそのポマードの悪臭を漂わせながら

「あなたはこれはどういうふうに並んでいるわけ?」

と尋ねた。ちなみになぜ明らかに出張帰りかと言えば、JR大阪駅の次は新大阪駅
である。新幹線の乗り継ぎのためにこの1区間を利用することは頻繁なのだ。

話を戻す。つまりはだ、その斜め並びは俺達関東の文化にゃ~ねえんだ、ちゃんと
正しく縦並びしろとのポマード様からのご忠告というわけだ。こちらから言わせれば
俺達関西にはポマードの文化なんかないわ!と忠告したいぐらいだ。

そこで当管理人であるtakam16は

「大阪ではいつ誰がどう並ぼうが、関係ないんですよ。」
   (ちゃんとしている人もいます。)

と知恵をつけて差し上げた。そしてポマードの話はやめておいた。揉めるからである。
例えばエスカレーターが右やれ左やれそんなきちんとしたルールなど無用である。
一応関西は右側、関東は左側なのだろうが、正味どちらでもよい。
そして電車待ちの並び方など議論の余地もない。

電車がやってくる。扉が開く。まずは降りる輩が先なのはそれがルールだからではない。
先に降ろした方が効率がいいだけの話である。この乗客が降りている間、我々は虎視眈々と
どのスキに電車に乗り込み、座席を確保するかを打算的な眼差しを向けている。
ちょっとでも相手が油断をしようものならそこは徹底的に付けこむ。
結果、やはりポマード男は車中での数分間、合点のいかないポジションにいた。
手すりの持てない極めてやっかいな位置だ。所詮ポマードでしか存在感をアピールできぬ男
なのである。しかし臭いで存在感をアピールした点においては合格である。ほほほ。


この一連の姿勢も「せっかち」のジャンルに含まれる。
前回の記事にて「次期直木賞をもう予想する」などとせっかちぶりを語っておきながら、
また別のところでせっかちである。まあおせっかいよりおせっかちの方が迷惑は
かからないだろう。

今度はなにがせっかちなのだと読者は訝しがる。
2週間ほど前、平成19年度の大河ドラマが決定した知らせを聞いた。
以下はその記事である。

NHKドラマホームページ


「風林火山」である。
「疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵し掠めること火の如く、
  動かざること山の如し」。
なんとか言えた。忘れるからメモっておこう。
つまりは武田信玄が生きた時代の物語をドラマ化するということだ。

その原作者は井上靖(故人)である。
芥川賞、野間文芸賞、読売文学賞、菊池寛賞、文化勲章など
まあ文学の世界において今後も歴史に名を残す人物である.....かどうかは数十年後の
未来の方々の力に託されるわけだが、とにもかくにもNHKの大河ドラマの原作者というと、
凡人には近寄り堅い面子のそろい組みというわけだ。

タッキー主演の現ドラマ「義経」の原作者は宮尾登美子さん。
昨年度の新撰組は脚本家の三谷幸喜さん 。こちらはいささかとっつきやすそうだが
やはりすごい人物だろう。
来年度は「功名が辻」。こちらは司馬遼太郎(故人)の原作である。
2003年の「武蔵-MUSASHI-」は吉川英治(故人)の原作。
「利家とまつ」は脚本家の竹山洋氏。著名な作品を手がけている。

よって、NHK大河ドラマの原作や脚本に携わるということは、彼らの世界ではある種の
「名誉」にも値する。


さて、「風林火山」である。2年も先の放送の出所を今読むというこの
せっかちぶり。
主人公は武田信玄ではなく、軍師で武田家家臣の山本勘助である。
ところがこの人物、詳細がはっきりせず、ある書状に主人公の名があったというだけの記録しかない
そうだ。実在しない人物なのでは?とも言われている。ここが物語をどのようにでもできる、
よい意味で読み手を、視聴者を人工的に魅了できる部分である。

まあ時代モノを書くにあたっては、司馬遼太郎曰く、「史実3割、フィクション7割」だ。
井上靖による山本勘助像は、

城取り合戦は拙者に任せぃ、ただし女はちと勘弁してくれぃ

である。
山本勘助は生涯妻子を持たないというのが本書の設定だ。女は勘弁なのだ。
ところが興味深いことは、身分がはるかに上である信玄の側室になぜか恋心を抱き、
その子勝頼を大事に思うというさかさま現象である。当時は男社会だ。女は黙って
俺について来いなのだ。
よって、身分の関係が勘助の会話を妙にする。なんだかそこがツボなのだ。
まあ、恋とはいっても側室は武田信玄の側室だ。要は勘助の一方通行というわけだ。

今ひとつ興味深いことがある。それは本書においては敵の存在が鮮明に現れないのだ。
上杉謙信、村上義清、信玄の父信虎(彼は信玄により甲斐から追放される)など、
敵対関係や反感を持つ武将とのやりとりはいっさいなく、すべて武田家の中で
時代は進むのだ。

しかし、山本勘助の先見の明がある才能ぶりは本書においていかんなく発揮されている。
名立たる武田家家臣の前で平気で異なる意見を言う。そしてそれが見事に的を得ている
のは読んでいて気持ちがいい。
逆を言うなら他の武将はなんなのかということだ。
武田信玄の生涯の前半期において、いかに山本勘助の頭脳が役に立ったかという箇所が
随所に目することができる。それが史実かフィクションかは別にしてもである。


それにしてもこれを大河ドラマとして映像化した場合、敵武将の存在、それにともなう戦は
視聴者の一番のお気に入りだ。この世界がごっそり抜けた井上靖版「風林火山」を
作り手がどう料理するのか。
あるいはそのままどんとぶつけるのか、敵将を作り上げるのか、
原作本と映像の照らし合わせの魅力の大部分はここだ。

さらには懸念もある。まだドラマの出演者が決まっていない。

唐沢寿明&松嶋奈々子
市川新之助&米倉涼子
香取慎吾
タッキー
仲間由紀江&上川隆也

という過去の主演・助演の顔ぶれだ。
山本勘助は原作と照らしあわせるに、50代~60代が活躍の全盛となっている。
誰だ、誰を使うのだ、視聴率をとれる50代~60代は誰なんだ、
それとも若手に年寄りの役をやらせるのか......ううむ。


誰にも尋ねられてもいないのに、勝手に配役の心配までしてしまう、
やっぱり「おせっかち」ではなく「おせっかい」なtakam16。
これを迷惑とさっき言ったはずだった。無念じゃ。
井上 靖
風林火山
  
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