takam16の本の棚
です。バーチャルですが......


 

本屋さんという仕事は、

「わ~、本好きなんですぅ、働いてみたいな。」

などと美女にラブラブ目線で訴えられた時にゃ~

「はい。あなた採用!」

と言って即断するかしないかは皆様の想像にお任せするのだが、
たとえ採用ということで、アルバイトとして記念すべき本屋さんデビューを
飾ったところで3ヶ月が関の山である。
恋愛などもこの最初の3ヶ月がポイントだと耳にしたことがあるが、
本屋さんも、最初の3ヶ月が通過点であろう。

特に、
「わ~、本好きなんですぅ、働いてみたいな。」

などという短絡的な考え方で本屋でバイトを始めたとしたならば、残念無念、
それはあなたの選択ミスである。

まあ2週間も仕事をこなしているうちにどうやら次の2点のこと
に気づきはじめる。

まずはなんといってもカネである。時給の安さはピカイチだ。
最低賃金ギリギリのところは珍しくもなんともない。

そしてこの安さにモレなく付いてまわるのが、筋肉だ。
二の腕はみるみるうちに男らしくなり、隠されたふくらはぎのサイズも
数%増加するであろう。たくましさこの上ない。
それほど本を出し、並べる作業というものはお嬢様方の美貌とは
正反対の位置にある。
カネをもらって体が鍛えられるのは悪くないが、世の中には比較ということが
まかり通っている。
暇つぶしに本棚のラックに陳列しているリクルートあたりの無料バイト情報
でその割りのあわなさをひどく痛感したあげく、

「やめま~す。」

だ。笑いもなんだか苦くなる。


さてこの

「本を出し、並べる作業」

のうち、本を出すことにつなげるならば、
未経験者には少し驚かされることがある。

それは
どんな本がどれだけ入荷したかが当日になってはじめてわかる点

である。中にはわかる本屋もあるだろうが、そんなものは一部のデカいところに
限られる。
わからないという未知の世界。
その新鮮味、そしてワクワク感は決して隠し切れるものではない。

目の前にはダンボール箱だ。もちろん透きとおっているわけがなく、
箱を開ける楽しみといったらない。
しかし、開けた瞬間に運命は天国と地獄の2つに別れてしまう。

まず天国は、箱を開ける人がどのような仕事を任されているかで違ってくる。
各自、担当というものがある。

あなたは文庫担当、
あなたはパソコン書籍担当

といった感じだ。よって、文庫担当者が開けた箱の中身が文庫であれば
それは天国だ。
自分の仕入れた本が入荷したのだ。しかもそれが自分が売りたいために
「文庫担当者のお薦め」
などの御触れで仕入れた本が来た日には、天国のそのまた天国である。


さて、地獄である。

だいたい文庫担当者が開けた箱に担当外の書籍が入っていたりするなら、
まあつまらない。文庫専門がビジネス書などもってのほかである。
しかし、この程度であればかわいい地獄だ。

ファンには大変申し訳ないのだが、
タチの悪い地獄の最先端は間違いなく「コミック」であろう。
箱を開ける。ワンピースのキャラクターの表紙が出てきたとしよう。
あるいはNANAが出てきたとしよう。
その時点で、地獄行き、しかも各駅停車である。
つまり作業の度に地獄を感じるということだ。

それがコミック担当者であれば地獄ともいえまい。
含み笑いながらこの瞬間を味わうのだろう。
しかし、コミック担当者の多くは学生であり、彼らのシフトは夕方か休日だ。
よって、朝の品出しは主婦層に任せられる。

奥様達でもコミックは好きかもしれないだろうが、さすがにコミックの品出しを
するくらいなら、赤ちゃん夜鳴きで困った方がいいという意見もある。
何をするのか、述べてみよう。



まずは入荷した品を伝票とチェックする検品作業。これが気が遠くなる。

「トマトジュース10箱」
「正露丸 50個」

と書いているならその個数を数えればよい。
それにひきかえ、本は圧倒的に1作品1冊の入荷だ。

「パタリロ 50巻」
「ケロロ軍曹 9巻」

このような形で何十、何百とコミック名が書かれた伝票が何枚も出てくる。
この作業を簡略化する一番の方法は検品作業をやったふりをする以外には
ない。

もしも検品作業をちゃんとやったとしよう。
次に待ち構えているのは、コミックを袋に入れる作業だ。
よく新刊書店のコミックが読めないようになっているアレだ。
あのビニール袋はシュリンクというのだが、あの1冊1冊に施す単純作業
あたりから、奥様連中のグチ合戦がスタートする。

朝1人でそのような作業はまずしない。中規模書店で2~3人必要だ。
社員がいないとこのグチ合戦はすこぶる進行し、奥様方の舌もよりなめらかだ。
こういうきっかけから派閥というものが出来上がる。


本をいじり、シュリンクをいじった時点で10人中7人は手がやけにカサカサ
になる。クリームは必需品だ。用意しておけとあとで社員は奥様に怒られ、
そして社員はうなだれる。

ようやく以上の作業が完了すると、今度はシュリンクに収まった本を
熱風にさらしてシュリンクと本を粘着させる作業が必要だ。
実際は熱を発する大型の機械がバックヤードに用意されているのだが、
とにかく暑い。そして奥様方も熱くなり、汗の発射と同時に口から愚痴が
発射される。ますます饒舌だ。


いいかげん、この時点で彼女達はキレているのだが、

「わ~、本好きなんですぅ、働いてみたいな。」

と言うギャルとは違い、彼女達は食べていかなくちゃあいけない。
生活のために働くのだ。
理想と現実とはそういうものだ。キレながら、仕事をこなす。
しかしやっかいなことだ。

体力的に冗談ではない奥様方にとって、さらに精神を蝕む作業が最後に訪れる。
コミックの陳列法は奥様にとっては未知の領域だ。
出版社別の陳列が書店のコミック棚の並べ方の一般だが、
レーベルというものが各出版社にはある。

「ちゃお」「りぼん」「マーガレット」「花とゆめ」
「ジャンプ」「サンデー」「マガジン」「チャンピョン」

の各雑誌で連載されたものがそのレーベル別コミックとして販売されるため、
同じ出版社の中でさらにごちゃごちゃ分かれていることに奥様方は
まったく合点がいかないようだ。

それに、3巻とか7巻とか数字で並べるのは簡単そうに見えて、案外
目の調子が悪くなるものである。混乱をきたすようである。
目薬もどうやら用意しておいた方がいい。
このストレスにはさすがの奥様方も

「いや~ん。」

と言う。しかしその言葉を使うには20年遅かったと言わざるを得ない。


これらは売れた本を補充注文したものが2,3日後にダンボール箱にやってきた
ものの一例である。

さらにやっかいなことは、
コミックにも発売日というものがある。いわゆる新刊だ。
出版社によってコミックの扱いは違うのだが、雑誌扱いの場合と書籍扱いの場合の
2種類がある。
名の売れた出版社の出すコミックはほぼ雑誌扱いとなる。

雑誌扱いで発売日に入荷したコミックというものは、ダンボール箱に密封など
されていない。
スケスケの厚めのビニールにその姿があらわになっており、
実際に雑誌といわれる類のものも同じ状態である。
コミックに重点を置く書店というものの多くは、
著名な作品に関しては1作品に何百冊と入荷される。
おまけにコミックの発売日はレーベルごとにまとめて一気に発売され、
時々別の出版社同士の発売日が同じになるなどという目に遭わされる。

もう奥様方の怒りは頂点だ。
お昼にみのさんに「おもいっきり生電話」をしようが怒り・悩みはいっさい
解決しない。
というか、昼を過ぎてもコミック品出し作業は終わらない。
よって、自然と仕事は延長だ。奥様、ますますご立腹、
よってたかってご立腹である。


歴史の「大奥」の世界というものは、末恐ろしいもののようだが、
本屋の「大奥」の世界というものも、結束力があってこの上なく
末恐ろしいものである。
そしてこの「大奥」の世界に君臨する奥様方はとっくに3ヶ月の壁は
突破している。容易にである。




注意!
この記事は自分の過去の経験に基づいた内容ですので、すべての書店に
あてはまるわけではありません。各書店やり方はさまざまです。